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泰屋倶楽部部長から2005
「泰屋倶楽部」トップページにある部長あいさつの過去ログです。

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泰屋倶楽部部長秘書から(2005.1.8)
2005 アハン・タイ・アロイ〜!


明けましておめでとうございます。今年も「泰屋倶楽部」をよろしくお願いします。

本当は部長のひとことコーナーとなっているこの場所ですが、彼女は年の明けた1月8日現在も現地での行事参加のためにタイに滞在中のため、秘書の私がトップページを代筆させていただきます。新年早々いきなりの代筆は何やら今年の当ホームページの運営を暗示しているようで多少気掛かりですが、いつまでも昨年の文章をここに掲載しておくのも忍びないので、部長には内緒で更新してしまいましょう。

さて、タイと言えばタイ料理。私もすっかりタイ料理の虜になってしまい、タイに行った時などは爆食三昧。安くて美味しい料理を次から次へと平らげるのですが、もっと食べたいのに物理的に不可能なこともあり、自分の胃袋の容量の小ささをこんな時ほど恨めしく思うことはありません。それほど、タイ料理には魅力があるのですね。

タイではホテルの朝食にしても、ヨーロッパのようなパンとソーセージ類、卵料理にサラダ類というようなケチ臭さではなく、中華粥や麺類もあって、前日食べ過ぎた胃を休めるどころか、自然に正反対の負荷を与えることになってしまいます。実際、在タイ中は出ていく方も1日3回以上質はともかく、量も相当のものになります。あまり頻繁にトイレに行くことになるため、プリザS軟膏は必需品です。

私のようなタイ初級者には見落としがちですが、タイではタイ料理の他に、中華料理も忘れることはできません。トップのケバい風景写真はバンコクの中華街。私はタイに来るまで、これほど中国の影響がある国とは思っていませんでした。そういう目で見てみると、バンコクの人間の半分くらいはタイ語を喋る中国人であるかのような気もして来ます。

この中華街で食べる中華もまた絶品。外観はまるで大衆食堂だったりしますが、そこでは日本ではそうそう気軽に食べることができないフカヒレやらアワビやらをたらふく食べることができます。チャーハンにしても別格。『美味しんぼ』の山岡史郎さんによれば、中華の料理人の腕前はチャーハンで判るらしく、これをそのまま鵜呑みにするまでもなく、ヨーロッパのアジア系レストランで出される値段だけ異様に高いそれとは明らかに別物であることは素人でも理解できます。

ともあれ、このような店には一人ではなく、三人以上で行っていろいろな料理を注文して食べてみたいところ。私も尿酸値や血中脂質との兼ね合いが悩ましいですが、今年もタイ料理を目一杯楽しみたいものです。

 


泰屋倶楽部部長から
2005 東西微笑み交流
(2005.2.7)

年明けから早くも一ヶ月すぎましたが、昨年起った「津波」は凄まじかったですね。
次に御紹介するのは、昨年の大晦日に「新マルコ・ポーロ紀行」の小原参平理事が考えたなかなかすぐれものの川柳です。2005年は元気に乗り切って行きましょう。

  災いは モーケッコート 猿はさる (参平)

タイのテレビでは最初、津波をタイ語で「鬼の波」とか言っていましたが、次第に「スゥナァミ」という言葉を使うように変わっていきました。今回の報道で「津波」という言葉が全世界に通用するものだと知って驚きました。今までは「カラオケ」とか「サシミ」とか、ハイテク系・食べ物系の言葉だけが世界で流通していると思っていましたので、びっくりしました。日本では「稲むらの火」という昔話が流行っているようで、津波を知恵で乗り切ったある村のエピソードが感動的に綴られています。やはり「津波」とは日本に昔からある言葉なんですね。

掲示板でも少しお知らせしたように、部長はその日バンコックにいました。26日当日の深夜、ギリシアのアテネへタイ航空直行便で旅立ちました。久々の「外国旅行」です。タイに行くのはもう「外国」へ行くという感覚はないですね、正直言って。大阪のミナミよりタイのバンコックの方が東西南北もよく分かりますしね。まあ、そんな方はこのホームページを読んでいただいている方の中にゴマンといると思いますが。

それで、その「海外旅行」で久々の異文化体験を目一杯楽しもうと思っていたんですが、が、ところが、ギリシアのあちこちで聞こえるタイ語にこれまたびっくりしてしまいました。後で分かったことですが、タイは今「ギリシアブーム」なんだそうです。部長が乗ったタイ航空も直行便でしたが、10時間かかるとはいえ、直行便で行ける手軽さもギリシアがうけている理由の一つかもしれません。お正月でも、そう寒くなかったことですし・・・。

最近はずいぶん減ってしまって個人的には面白くないのですが、タイにおけるかつての「自由犬」のように、現在でもギリシアは「自由猫」の多い国で、その存在もまた全世界中に知られています。書店の猫コーナーには「ギリシアの猫」とかいう写真集も頻繁に出回っています。昨年からにわかに猫好きになった私達も、あちこちで自由猫とコミュニケーションを交わし、写真を撮ったり、撫でて可愛がったりして楽しかったのですが、猫同様(といっては失礼ですが)あちこちでタイ人にも遭遇しました。

奇岩とその上に建てられた修道院が世界遺産になっている「メテオラ」で会ったタイ人とはお友達になり、帰路バンコックに戻ってきたときにもう一度お会いしました。「エーゲ海クルーズ」ではギリシアの民族舞踊を鑑賞するにあたり、一番前のいい席をキープしているタイ人に手招きしてもらい、一緒に座ってギリシア名物ピスタチオをテーブルにドバッ〜とぶちまけて食べさせてもらいました。やっぱりタイ人はどこへ行っても買い物と食べること、それから写真が大好きですね。何でもすぐ買ってその場で開けて食べたり、「スワイ、スワイ」を連発しながらポーズをとって写真撮影にいそしんでいました。また、旅行でテンションも上がっているのか、どこにいても大声でよく喋り、ギリシア人にタイ人の美点の一つである「微笑み」を振りまいていました。

最後に極め付きが「パルテノン神殿」での情景。世界の至宝であるパルテノン神殿は現在工事中です。神殿の中に入ることが出来るのはギリシア自由猫と、数少ないギリシア自由犬と、工事従事者の人間だけで観光客は入られません。その神殿が建つアクアポリスの丘に周辺に響くタイ人の嬌声。カメラに向かってキメのポーズをとりながら全身で表現する「微笑み」いっぱいの笑顔。あちこちでそんな光景を見るにつけ、「ここどこ?」という複雑な気持ちになってしまいました。それを静かなアルカイックスマイルで見守る「パルテノン自由猫」の微笑みが印象的でした。写真の「パルテノン猫」は確かに笑っているようですが、猫って笑うん?

まさに「東洋の微笑み」と「古代ギリシアいにしえのアルカイックスマイル」の時空を超えた「出会い」を見た一瞬でした。

最後に津波被害支援のことですが、日本タイクラブでも今月いっぱい「タイ南部津波被害への義援金」を募集しています。日本タイクラブの活動に興味をお持ちの方は事務局までお問い合わせください。

それでは2005年もよろしくお願いします。

 

【写真】タイ語の嬌声が響き渡るパルテノン神殿(上)と、神殿脇の工事用現場小屋にたたずむパル猫(下)

 


泰屋倶楽部部長から
こころの開発
(かいほつ)(2005.3.21)

毎年書いていますが、今年も花粉症(ゲーソンドーグマーイ)の嫌な季節になりました。将来タイに住めば、杉・ひのき花粉とは永遠におさらば出来るのですが、長年社会人暮らしもやっている部長にとっては他の方同様、年度末の慌ただしい忙しさに仕事を休む訳にもいかず(昨年の花粉特異日には休んでしまいましたが)、大変な体調不良のため仕事の能率は日中の炎天下のタイで汗をかかずにゆっくり歩こうと努力しているほど悪い、つまり非常に悪い今日この頃です。最近では花粉を避けて沖縄や北海道に移住するほどの重症の方もいらっしゃるとか・・・将来タイで快適に暮らすことを夢見つつ、今年も花粉とともに生きる道を求め、空気清浄機や洗濯物室内干しのための除湿器などを購入し、なんとかかんとかやっています。

さて、先日の日本タイクラブ総会の様子は写真帳で皆様にご紹介しましたが、肝腎の内容のほうはお伝えしていませんね。本当はぜひ石井米雄先生の講演会に来ていただきたかったのですが、詳しい内容の一部は先生の著書をお読みになっていただければ分かりますので、部長は心に残ったキーワードを二つご紹介したいと思います。

一つは「タイとは『海洋国家』の特性を持った国である」ということ。タイはもちろん島国ではなく、インドシナ半島の一部に属しているのですが、アユタヤ以来、海洋貿易を重視した都市国家の形成過程で海洋国家の特性を持ち得たとおっしゃるのです。

先生はビルマ人の特性とタイ人の特性を比較してみて、タイ人が多くの事柄を受容する能力に長けながら、ぎりぎりのところで「タイ人」であるというアイデンティティを固持する、言い換えればそのコアのようなもの以外には結構寛容であるとおっしゃっていました。

これこそが今の国際社会に求められ、どこに行っても叫ばれている「異文化交流」「異文化コミュニケーション」を行う際に必要とされるもっとも重要な資質であると思います。タイ人には、ダブルアイデンティティやトリプルアイデンティティを持つ人はゴマンといて(例えばお父さんが日本人、お母さんがタイ人。お母さん方の祖父はインド系で祖母は中国系──この方は実在の人物です)、日本人ならば流行の「自分探し」にさぞかし忙しいのでしょうが、それを受容して皆さん「タイ人」として立派に生きていらっしゃるのです。ですからクロスカルチャー的視点から見れば、「タイこそ先進国」で見習うことも多いはずです。

もう一つは『開発僧(かいほつそう)』について。この件については、ある方が直接ご質問なさったのですが、「もともとテーラワーダ仏教の信奉者であるタイの仏僧がどうして社会活動に参加して行くのか、そのことに対して先生はどういったお考えや感想をお持ちなのか」といったようなことををお尋ねになりました。

残り時間が少なかったので先生は感想のみを述べられましたが、その感想にまた感動してしまいました。「現在タイ仏教会に開発僧のような新しいタイプの僧侶が出現したということは、タイ仏教が変化に対応できる力を備えている証であり、このことはタイ仏教存続の一つの流れ、方向を示唆している、そして仏教といえども変わる、新しいタイの仏教が生まれるというのはそれでいいことなのだ」とおっしゃいました。

2002年のタイ学会(於:名古屋)のテーマがまさにこれでした。そのとき『仏教・開発(かいほつ)・NGO─タイ開発僧に学ぶ共生の智慧─』(2001、新評論)という本が販売されていましたので、手に入れました。

ご承知のようにタイでは現在も急激に経済開発が進んでいます。しかし同時に、仏教界から自律的な内からの目覚め・自己開発の重要性も提唱されていることが日本の経済開発が進んで来た道とは異なるようです。

ますます国際化が進むにつれて「日本人とは何か」ということを考えざるを得ません。私達はタイ人のように自信を持って「変わることを怖れず、それを受容しながら心のコアを保持すること」が出来るのでしょうか。

自分探しの旅はまさに自分の心を探る旅、青い鳥は意外と近くにいるのかもしれませんね。

 

 


泰屋倶楽部部長秘書から
『やすらぎのタイ食卓』にチャレンジ
(2005.5.1)

自慢ではありませんが、私の趣味はたまの料理。とはいっても所詮素人の趣味レベルですから、人に勧めるほどのものではなく、もっぱら実験台になるのは家内及びその周辺の人々です。10回作って1回くらいは「あ、おいしい」と言ってもらえるので、まあ、その時は料理した甲斐があったというものです。もっとも10回に1回くらいは何も語らず黙々と「始末する」といった時もあるので、トータルでは「自分で作るよりは作ってもらった方が楽なのでマシ」程度の認識を周りにはされているようです。

さて、こんなレベルの自称料理人にとって「タイ料理」はもっぱら店で食べるもの。なかなか自分で作ってみようという気にはなれません。「難しそう」「作り方が分からない」「材料が手に入らない」というのがその理由です。「難しそう」というのは、どの料理でも同じことですから置いておくとして、問題は「作り方」。タイ料理の本はもちろんこれまでにいくつか出版されていますが、不満なのは、ちょっと「よそ行きの顔」をして紹介されている傾向があることです。自分がタイや日本のタイ料理屋で食べるタイ料理のイメージとビミョーにズレてしまっている感じが否めません。

その点、今回ご紹介する『やすらぎのタイ食卓』(めこん刊)は、「日本で手に入る食材で本物のタイ料理を」を銘打っているだけあって、身近な食材を使っている上、「そうそう、こういうのがタイ料理」といったもののレシピが目白押し。その数なんと55種類で、これ一冊あればたいていのタイ料理はカバー出来てしまうでしょう。何でもこの本はその道の専門家でない方々が編集されたそうで、プロの目ではない、逆にわれわれの視点に近いタイ料理の本をつくることができた理由になったのかもしれません。

さっそく、この本に掲載されている料理の中からなるべく簡単そうなものを選んでチャレンジ。ナンプラーなどはスーパーの調味料コーナーで売っているし、バジルやパクチーはどこでも売っているというものではありませんが、スーパーによっては入手可。レモングラスやバイマックルーあたりになってくると少々怪しく、クラチャーイなんかだとほぼ絶望。入手出来そうな食材をレシピとつき合わせながらのメニュー選択となります。

ということで「ヤム・ヌア」(焼いた牛肉のサラダ)を作ったところ、「あ、タイ料理の匂いや!」と耳聡く、いや鼻聡く反応(もっともこれはナンプラーの匂いで、これを嗅がせておけばタイの雰囲気だけは演出できるのはご存知のとおり!)。今回は失敗した時のことを恐れて、肉を少なめにしておいたのですが、おかげさまで好評で瞬く間に無くなってしまいました。よしよし。これで私のレパートリーも一つ増えました。

ところで、偶然ではありますが、この本に家内の知人のタイ人が写っていました。私がはじめに見つけた時は「他人のそら似」と思っていたのですが、家内に見せると「あ、ウアンさんと息子のヌアや!!..」とご本人に間違いないよう。今度はこちらがびっくりする番でした。

これも、編集者仲間にわれわれの知り合いの先輩が一人紛れ込んでいるのかもと、家内がさっそく謎解きのメールをタイに送った次第です。

 


泰屋倶楽部部長秘書から
万博タイ館リニューアル
(2005.7.10)

今年の3月に開幕した「愛・地球博」。入場者数も1,000万人を突破するなど、人気の方も上々のようです。タイ館についてもすでにこちらでレポートしましたが、評判の方は今ひとつでした。

「こんな展示ではタイ国の恥」などと政府関係者が言ったとか言わないとか、そればかりかもっとドス黒い話なども聞こえてきたりして、一体どうなってんの?みたいな感じでしたが、ここに来てタイ館のリニューアルのニュースが入ってきました。

「恵みの河──タイ館内容を一新」として、7月9日付け中日新聞に掲載されていましたが、それによると、タイ館の新しいテーマは「英知の河」。川や水にかかわりの深いタイ人たちの生活を通して、自然と人間の調和をはぐくんでいけることを紹介する内容となっているようです。

まさに万博のテーマに沿った、そしてタイならでは展示ということなのでしょうけど、なぜ最初からそうしなかったかのは今となっては知る由もありません。新聞記事でも「なぜこの時期に内容一新なのか」という素朴な疑問には一切触れない大人の報道姿勢でした。

それはともかくとして、新しいタイ館にもぜひ足を運んでみたいものです。部長一行はリニューアル前の6月中旬に訪れたのですが、そのときは写真のように「工事中」でした。新しい展示内容がどのようなものか、またレポートしたいと思います。

そういえば、このトップページの更新もずっと滞ったままですね。部長に言わせると、一応1ヶ月ごとに更新するという構想のようなのですが、1ヶ月半は誤差の範囲で、2ヶ月ともなるとさすがにヤバいと自分では思っているものの、「忙しいから」という月並みな理由で自己弁護をしているようです。こちらの方のリニューアルはいつのことでしょうか。「マイペンライ」と近くで言っているのが聞こえて来ますけど。

 


○| ̄|_...泰屋倶楽部部長秘書から(2005.8.11)

先週、ホームページの更新作業を終え、あとはファイルを転送するばかり・・・と、突然パソコンの調子がおかしくなり、再起動をかけたところ、見たことのない黒い画面に意味の分からない文字列が。がーん。これってかなーり深刻な状況ですね。落ち込みました。
あれこれやってみた結果、システムの入れ直しでパソコンの起動は出来るようになったのですが、一部のデータが消えてしまいました。せっかく作っていたデータや、愛猫の写真がコンマ何秒の内に完全にこの世から消滅してしまう悲哀・・・。よく言われることですが、バックアップって大切ですね。

ということで、このトップページは、部長秘書が以前に別のパソコンから更新作業したときに残っていたファイルを取り繕って掲載しました。その内に、元どおり復旧させますのであしからず。

ちなみに明日は愛知万博のタイ・ナショナルデー。例によってこの行事もタイらしくすったもんだがあったようですが、私も部長ほか日本タイクラブのメンバーとともに参加してきます。その時の様子も追々掲載しますので、お楽しみに。

 


泰屋倶楽部部長秘書から(2005.8.14)
泰国美女軍団、万博会場に現わる!

まあ、見てくださいよ。この美女軍団を。

これは、8月12日愛知万博のタイ・ナショナルデーで開催されたイベントの一こま。鼻の下をのばして腑抜けになっているのは、私たち中年のオッサンだけかと思いきや、女性にとっても「綺麗なものは綺麗」と、部長などは早速「あの衣装と同じものをタイに行ってオーダーしたい」などと、自らの体型はすっかりアウト・オブ・眼中で、ステージ上の美女達と脳内で勝手にシンクロしてしまっている御様子。
観客の老若男女を問わず、コーフンのルツボに叩き込んだ、タイ・ナショナルデーのパフォーマンス。タイ王国、恐るべしですね。

本当は、「部長秘書の写真帳」は今回、天神祭や鶴橋タイ・フェスティバルのほか、万博タイ・ナショナルデーの様子も3部構成でお伝えするつもりだったのですが、パソコン不調でデータがぶっ飛んだ天神祭や鶴橋タイ・フェスティバルは、ページを作り直すだけの精神的ダメージから回復せず、また、ナショナルデーの前編と後編は今日は力つきてしまったので見送り。
そんな訳で番号が飛んでいますが、残りはまた後日ということで。

そうそう、部長は夏場は日本タイクラブ関係の行事が立て込んでいて、なかなかこのトップページに登場できません。パソコン不調となったのも、内心しめしめと思っているのではないかと、つい勘ぐってしまう部長秘書からでした。

 


【追加情報】みなさんは映画「星になった少年」をもう御覧になられたでしょうか?部長も秘書も涙もろいので、この手の映画にはハンカチが不可欠なのですが、一方でちょっとあざとい演出が気になったのも事実。例えば、主人公が子象を追って迷い込んだタイ北部の山の中にサソリがいたり、クメール遺跡があったり。その場面で部長の方を横目で見ると、右手を握りしめてお怒りの御様子
それだけでなく、「象学校の校長が標準タイ語を喋っているのはおかしい」とか、「字幕と違うこと話している」とか、追及の手は留まるところを知りません。

かくいう私も、この冬に公開される映画「男たちの大和」のために、実物大で再現された主砲塔の直射手用旋回望遠鏡の取り付け角度がおかしい、とか言いたいのですが、誰も聞いてくれないのでだまっています。まあ、コアなことを知っていても、ほとんどの人には関係ないということですね。

さて、後回しになっていた「部長秘書の写真帳」の追加をしましたので、御覧ください。

 

09 タイ・ナショナルデーに参加〜万博タイ・ナショナルデー(前編)

11 タイ国館&瀬戸日本館〜万博タイ・ナショナルデー(後編)

 


泰屋倶楽部部長秘書から(2005.9.4)
洞窟に降り注ぐ天上の光

薄暗い洞窟に頭上から降り注ぐ光の柱──ここはタイで一番美しいとされる鍾乳洞、タム・カオ・ルアン。正午前後には、ご覧のように太陽の光が上から差し込み、洞窟内を神秘的に照らします。陽が差し込んでいるところに立つと、まさに天然のスポットライト。いやあ、タイにこんなところがあるなんて知りませんでした。

そういえば、この光景どこかで見たことがあるような──?
そうそう、これはまさしくパンテオン。パンテオンは古代ローマを代表する建築の遺構ですが、大規模空間に天井の開口から光を取り入れるという仕組みはまさしく同じ。このタイの洞窟は、さしずめ「自然のパンテオン」なんて呼ばれたりしているのでしょうかね。

部長一行は、8月22日から28日まで開催された「日本タイクラブ研修ツアー」に参加しました。一応「タイ通」のはずの部長も知らないようなところを見て回り、まさしく「驚き」の連続。ましてや、私、部長秘書にとっては...です。
この洞窟をはじめ、今回のツアーではこのホームページでお知らせしたい場所などがありすぎて、とてもすぐには掲載できそうもありません。追々、皆様にもご紹介していきたいと思っています。
とりあえず、ツアーが無事終了しましたこと、御報告まで。

 


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